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あたらしいせかいのつくりかた。

山口に行くなら訪れたい!東光寺ルポ

JAPAN MISSION PROJECTのイベントのため、故郷福岡へ。イベント自体は600名近くの人が全国から集まり、熱い場となりました!
 
九州に帰る際に「ここはどうしても行っておきたい!」ということで、イベント後に一泊二日、レンタカーを借りて山口の萩に行ってきました🎵
 
吉田松陰松下村塾を訪ねるなど、明治の志士たちの意志を感じに行くのがメインテーマ、、、だったんですが、予想外の結果となった今回の旅。
 
萩に足を運び、萩の土地のエネルギーに触れて、「ここから我々の知る吉田松陰高杉晋作が誕生したのは、偶然ではないはず!」と思うに至りました。
 
広い広い田舎道、人はまばらにしかおらず、真っ青な空に見下ろされた劇的な晴れ、青く輝く海、耳を離れないセミの声、目が痛いくらいの緑。
 
…という空間的な演出だけではない、なんとも言えない萩の雰囲気。戦国時代、江戸時代、明治維新、そして現在が重畳するような空気が、街のあちこちに漂っていました。
 
その「なんとも言えない空気」が私の中で「これか!」という確信に変わったのが、完全ノーマークだった東光寺の正門に立ったときでした。

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東光寺は、1691年に萩藩三代藩主毛利吉就が建立。彼の死後、ここを墓所として、毛利氏の菩提寺となったそうです。
正門に立った瞬間、旅の仲間4人で口を揃えて。
「これ、やばい」
 
正門から続くゆるい傾斜を覆う階段。奥の方からなんか、来る。見た目は朽ちた寺なのに、なにか語りかけてくるような…。

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最初は結構テンション高めで「やばいやば〜い」なんてはしゃいでたんですが、中に入って行けば行くほど、静かになるというか、畏れ感が出てくる4人。

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本堂や庭の渋さ、朽ちた美しさを堪能した後、本丸は一番奥にありました…「畏れ」が最高潮に達した場所、廟所。

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生い茂る緑、被さってくるような高い木々、苔生した石。500基をこえる石灯籠は圧巻でした。蝉の声がかき消えるような、静寂の振動。
 
悔しさ、恨み、苦しみが凝縮されて滲み出ているような墓所
口から出てくる言葉が、「やばい」から「こわい」へ。
その怖さは写真からでは100分の1も伝わりません。
 
これは、毛利の怨念か。
ガクブル。

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ということで、軽く調べてみましたが、やはり念で溢れてそうです、毛利氏の萩での歴史。
 
毛利家内での意思決定が統一できず、関ヶ原で敗退し、領土を五分の一までに縮小され(長門・周防の二カ国)、大大名から一転、外様大名と成り下がった毛利氏。領地はその後も飢饉などに見舞われ、借金返済の苦しい歴史だったようです。
 
そこで発達した、二度と負けない仕組みづくり。詳しいことは調べてみないと分かりませんが、関ヶ原の二の舞を踏まないために、長州藩独自の政治・経済システムを構築したようです。

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何事にも背景があるもの。
幕府に対する念。改革の精神。
負けて目覚めた萩の地の歴史の中に、明治の精神が見えるようでした。
 
今の日本を語るには、少なくとも関ヶ原のあたりまでは遡る必要がある!今後はその観点で日本と出会っていこうと思っています。そう考えると、東光寺は本当に多くのことを教えてくれたなぁ。「圧巻ですよ!」とおすすめして下さったゲストハウスのオーナーさんに感謝です。
 
萩といえば吉田松陰高杉晋作というイメージが強い方もいるかも知れませんが、こんな観点で萩を訪ねてみると新しい発見があるかも^^
 
山口県自体はそんなに推している様子のない東光寺ですが、足を運んでみる価値ありです!8月にはこの500基の石灯籠に火を灯す、万灯会(まんとうえ)という行事があるとか。死ぬ前に一度は見てみたいリストにメモメモ…!
 
とにかく、こんな面白い地を題材にしない手はないっ!!!うちでやっている教育観光ツアーの萩バージョンもぜひ創ろう!なんて話で盛り上がりっぱなしの萩旅でした🎵

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