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Recreate the Universe, Redefine the World

あたらしいせかいのつくりかた。

錯覚のアート②

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「目に見えるもの」を忠実に表現してきた絵画の世界も、20世紀には、ピカソマティスに代表される「モダンアート」の潮流によって大きく変化しました。

 

わたしが思うモダンアートの革新的発想は、反転。

 

中と外が裏返る。目に見えるもの(外)ではなく、内面(中)のあからさまな視覚化。描写の緻密さではなく色で、計算された構図ではなく単純な線で。

 

マティスは色の魔術師として知られていて、細かい表現ではなく、あえて反対色を使う等、色の鮮やかさ、強烈さで、線では表現できない世界を描こうとしました。ピカソは作風がどんどん変わった人ですが、キュビズムを追究していたときには、外だけではなく、隠れている「中」が入り乱れているような絵を多く描きました。

 

また、アーティストからオーディエンスに向けたエネルギー伝達の仕方も、「反転」に近い発想で説明できます。マティスピカソの絵はとてもシンプルですが、受け手の心に響く力強さがあります。存在感が半端ない。

 

受け手がアート作品から感じ取るエネルギーが、かつては「緻密さ」で伝達されていた。マティスピカソ(特にマティス)は、線の究極のシンプル化と、その単純さを色や図形の力で補完しました。強烈なエネルギーの圧縮こそが、彼らの絵のすごみです。

 

さて、そんな彼らに続いたアーティストたちは・・・意味価値ってなんだ、というダダイズムやら、幾何学的なものやら、写実性とは対極となる作風が氾濫しました。今はコンセプチュアルアートなんてものもあったりしますね。今の情報社会のように、機能や性能というよりも、アイディア勝負の世界。

 

せっせとモノを作ってきたところから、目には見えない情報に価値を持たせたIT革命。技術からアイディアへ、モノ商品からコンセプトへ。絵画というメディアは変化しなかったものの、モダンアートの時代を切り開いた人たちも、現代でいうIT革命家のようなものだったのかも知れません。

 

しかし、本題はそのあとです。新しい世界を切り開いたモダンアートの時代から、アートとはそもそもなんなのかという定義すら破壊され、再構築され、また破壊され。古いものをアレンジし直して「新しい」とし、それが古くなればまた違う時代に流行ったものをアレンジして、新しいものを生み出すだけ。

 

縦から横へ、高さから深さへ、外から中へ。そこを行ったり来たりするだけで、わたしの観点からすると、もうやり尽くした感、どん詰まり、という印象を受けます。変わり続けているように見えて、実は変化はしても進化がない。

 

アイディアが出尽くした状態、これは美術の世界だけではなく、どこにでも、誰にでも言えることではないでしょうか。アイディアが生まれるためには、アイディアを生む人間の脳、意識を、新たに開拓しなくてはいけません。しかし、今の教育で果たしてそれが可能になるのか…それは甚だ疑問です。

 

人類全体が新しい次元にいかなければいけない時代、現代。まずはその現状を理解すること、そして、より高い次元に上昇すること。その方法を教える本当の教育が必要です。そんな教育が日本で開発されているんですが、その正当性はこれから時代が証明していくことになります。